トメ子の日記

こんにちは、三段腹トメ子です。

このページでは、私と一緒に暮らす「認知症の義母」と「脳腫瘍の実母」との、毎日の介護生活を日記がわりに記録していきます。

ただし、三段腹トメ子は私の実体験を元にしていますが、話を面白くするために、少し脚色している部分もあります。どうかその点はご理解ください。

さて、それまで夫婦ふたりの気ままな生活だった我が家に、突然やってきた「W介護ライフ」。

いきなり始まった認知症介護は、なんとディズニーランドに遊びに行った日からスタートしました。

*このページは「更新型」の日記です。私の介護生活とともに、少しずつ成長していきます。ときどきのぞいていただけると嬉しいです。

*介護施設の方には、大変良くしてもらっています。
これはあくまで、私自身の気持ちを整理するための日記です。
文章の中には、戸惑いや本音も混ざっていますが、施設やスタッフさんへの感謝の気持ちは、変わりません。

【2025年9月05日】続き

介護保険外サービス(イチロウ)続き

個人の私が、介護保険や専門的なことはわからない。

だけど、「イチロウ」は本気で介護業界を変えようとしてる。

そんな気がして、ならないのだ。

皆んなが同じようなブログを書いてるので、どうしても、そこで同じように書いても無理なように思う。

なぜ、私が「イチロウ」が本気だと思ったのかを考えてみた。

そうだ、社長のこと「水野友樹さん」について知りたい。と思いスマホをポチポチ

社長名鑑「イチロウ株式会社 代表取締役 水野 友喜

から、

第一印象は「若くて、優しそうな目をしてる」と思いました。

最初は、全て一人でやっていたから『契約を獲得後、お客様に「実はまだサービス内容が何も決まっていなくて」と正直に話してお客さんとサービスを作っていった感じ』だと書かれていた。

介護保険では1時間しか利用できないサービスを24時間使えるようにしたり、

会社のノウハウを公にして介護業界の底上げを本気で成し遂げようとしてる。

私は、この会社を本気ですごいなー。って思う。

【2025年9月05日】

介護保険外サービス(イチロウ)

ブログで稼ぎたいなー。って思ってると、ある人に、

介護ブログなんだから、案件、色々あるはずだと言われて、「イチロウ」を初めて知った。

「介護保険外サービス」?

専門家じゃない私に、何が欠けるのか?

その人は、「介護の経験者の声の方が届くんだよ」って言ってくれた。

5記事、書いて、自分の実力の限界がわかってきました。

誰かに相談したいけど、きっと「やったら良い。」と返されるだけなんだろう。

「介護で自分を犠牲にしてほしくない」

「こういう時だからこそ、優先順位1番で考えるようにしてほしい」

言いたいことは、多分、こういう事だけれど、うまく書けれてるのかな。

今日も、誰にも読まれない記事を書いている

【2025年8月15日】

「魚の棚にある小さなお店」

主人が、カラオケに行こうというので、今日は明石のジャンカラに行きます。

連れて行ってあげるからと言うなら、やれるところまでは、準備してほしいけど、

昭和の男は、予約から、何から全部押し付けます。(単にデジタルが弱いだけかも)

多分、これからも

なので、魚の棚のあるお店で可愛い帽子を買ってもらいました。(笑)

【2025年8月14日】

正直になれないと、しんどいね。

朝、台所でレタスをちぎってると電話が鳴って、取ると叔母の君ちゃんです。

トメ子
トメ子

もしもし、どうしたの?

今日、墓参りに行こうと思ってるんやけど

君ちゃんは足が悪いから、昨日、「無理して行かなくてもいいよ」と言った所なのに….

暑いから、熱中症になって倒れるかも

トメ子
トメ子

はっきり、連れってて言ってくれたら良いのに

「だったら、車出すからお母さんと二人で連れっていってあげますよ」

もう、周りに動けるのが私しか居ない。

母83歳、叔母78歳。

みんな、足が悪くて、ちょっとヒガミぽくって素直じゃない。

明らかに杖を持った方が良いのに、頑なに嫌がる叔母さん。

歯が悪いから、野菜が噛み切られないと言いながら、昨日は、大きなイカの天ぷらにかぶり付いていました。(笑)

【2025年8月11日】

弟の初盆、お父さんと一緒に帰ってきたかしら

昨日は初盆。
前に一緒に住んでいたおばちゃんと話していて、

「この年になったら、誰が先にお父さんの所(あの世)に行ってもおかしくないよね」
と言うと、

「いや〜、お母さんが先やろ」って返ってきた。

そこで私、
「〇〇、自分が何歳になったと思ってるの?」

……沈黙。

みんな、自分の年は認めたくないんやね(笑)

【2025年8月8日】

喧嘩しながらも、夫が踏み出した介護の一歩

ばあちゃんが施設に入って2か月

昨日、主人が初めて自分で施設に電話しました。

それまで「息子として、不甲斐ない…」と落ち込んでいた主人。
でも、施設の方から
「落ち着いておられて、夜は6時にお部屋へ。朝まで起きて来ません」
と聞いた瞬間、表情がふっと和らぎました。

あぁ、私が出しゃばらなくてよかった。
喧嘩しても、主人が自主的に動くきっかけになって、本当によかった。

【2025年8月7日】

ばあちゃんとお母さんの介護で感じた夫婦の温度感

ばあちゃんが施設でショートステイを始めてから2ヶ月が過ぎました。

主人がふと

主人
主人

ばあちゃん、爪、伸びてないかな?

と聞いてくる。

私には、その後ろに「施設に電話してみてよ」という声が聞こえる。

そこで私は一言。

トメ子
トメ子

気になるなら、自分で電話してみたら?

すると、ちょっと不満そうに「トメ子は、ばあちゃに会わないつもりか?」と返ってくる。
間を置いて、私は「もうええやろ。私はお母さんのことだけ気にかけたい」と答えた。

夫婦でお互いの親の介護。温度差もあるし、つい共感してほしくなって口喧嘩。
結局、もの別れ……。

でも諦めずに会話は続けるつもり。
ちなみに昨日、主人が自分で施設に電話してました。(笑)

【2025年8月6日】

自分のことは後回しにしたら、歯が溶けてた

今年に入ってから、月に1回、歯医者に通っている。

実は、歯の調子が一番ひどかったのは、去年、ばあちゃんの家に行く前。
子どもの時に、奥から2番目の「第二大臼歯(だいにだいきゅうし)」が虫歯になって治療してたんだけど――

この歯、根っこが3本あるの知ってる?

ばあちゃんのところに行く1週間前。
歯茎がズキズキ疼いて、膿まで出てきて、「これはマズい…」。

歯医者でレントゲンを撮ったら、
根っこが一本、なんと溶けて無くなってた!(びっくり)

あれから1年。
ばあちゃんは施設に入って、私もちょっと落ち着いて――
今日の診察で、先生が言った。

「ぐらつきも収まって、しっかりしてますよ」
「この調子で、お掃除、こまめに来てくださいね

トメ子
トメ子

はーい

【2025年8月1日】

ヤクルトさん、工場見学へ

ヤクルトの製造工場って三木にあったんだね。

知らなかった。

和歌山の友達も誘って、朝から、ヤクルトふれあいバスに乗ってレッツラゴー🎶

バスの中でミルミルS飲んだ。(ヨーグルト味)

真実の鏡でゲンナリ!

昼食はバイキングだったので、3回おかわりしちゃった。(330円➕のステーキは今回お預け)

いつものヤクルトレディーさんは私服だったからか、可愛く見えました。

【2025年7月31日】

69歳男って….

今日は、主人の病院の付き添い。

「午前中は、自分の健康診断があるから、一人で行ってよ」

と言ってみたけど

「一人で、保険証とか受付とか、わからん」

…..ふー。

「わからん。じゃなくて、覚えようとしないだけでしょ!」言葉は飲み込み

なんとか、受付時間までに帰って来れた。

【2025年7月30日】

認知症のばあちゃんが、壊したのかも?

トイレのノブが破損して、ホームセンターで交換用のパーツ売ってないかと、DCM(ダイキ)に….。

ノブの破損箇所、鍵やさんにみてもらうと

「すごい力で、無理に回して切れてますね」

トメ子
トメ子

ばあちゃんか?

一年前、混乱してる、ばあちゃんがトイレに行ったあと、ノブが壊れて、そのままになっていた。

88歳のばあちゃんが、そんな力が出るのか?疑問だけど、私は「あり得る」と思いました。

子供である主人は、「劣化やろう。」って言ってたけど・・・・。

【2025年7月26日】

そのストラップ、フグですよ。

母の痛いの原因は、腫瘍による脳の圧迫でした。

ステロイド系の飲み薬で、症状は治ってるみたい。

いつもの、椅子に座ってウトウト(笑)

それにしても、先生の腰についていたフグのストラップいじりながら、「これは、犬かしら」。

その場の看護婦さんも吹き出して笑いを堪えてた。

お母さんて、こんなキャラだったかな?

【2025年7月25日】

シルバーサポーター養成講座、受けてきました

先週に続いて、2回の受講で修了証書いただきました。

認知症のサポートといっても、色んな方法があると思います。

私は、今回の受講で、認知症のイメージを変えることが、これからの介護の光になるのでは、

と、思いました。

その為の情報発信を、ただの主婦の目線でできることが、私の強みだと思いました。

もっと、市の職員さんと認知症家族さんと繋がっていき、有益なブログにしていきたい。^^

【2025年7月22日】

高齢者から、自分の症状を聞き出すには

お母さんが、「頭痛い、めまいがする。」だから、デイ休む。と言うので、

「また、始まった。」

お母さんは、自分に甘いところが有るから、すぐに、何か理由をつけてしんどい事から逃げる癖がある。

だけど、病気も持ってるから、ちゃんと聞いてみることに

「お母さん、どんな痛みなの?キリキリか、ズキズキした痛み?」

歳とって、お母さんの会話は、分かりずらい。

だけど、チャッピーに「痛みの感覚としてあげられる表現の仕方は?」って聞くと、

次の表現を教えてもらいました。

🔸1. 痛みの性質・種類を表す言葉

表現説明
ズキズキする拍動に合わせて繰り返す痛み。頭痛・歯痛などに多い。
チクチクする針で刺すような小さな痛み。皮膚の表面など。
ピリピリする電気が走るような痛み。神経痛や火傷のあとなど。
ジンジンする鈍く継続するような痛み。しびれに近い。
キリキリする鋭く差し込むような痛み。胃痛などに多い。
シクシクする鈍いけれど継続する痛み。お腹や女性の体調不良など。
ガンガンする激しく響くような痛み。主に頭痛。
ヒリヒリする火傷や日焼けのような痛み。皮膚表面。
ズーンと重い重だるい痛み。腰痛や内臓の不調など。
ビリビリする電流のような痛み。神経の異常など。

その中で、「じゃあ。ズーンとする重いような痛み?」って聞くと

「あ、そうそう。そんな感じ」

「今も、その痛みは続いてるの?」

「起き上がった時が、一番痛いし。めまいがするんや」

ここまで、聞き出して放射線治療(ガンマン)をしてもらった病院に電話しました。

【2025年7月18日】

シルバーサポーター養成講座の学び

今からの人生は、どう生きていきたいのか?認知症になってもならなくても、自分に問い続けていくのは、大切な事だと思います。

今回、講習を受けて、「自分が何を一番に大切にしてるのか」そこを、はっきりしておくことは、認知症になる前から考えておいた方がいいように思いました。

認知症になっても、人生は続きます。

DVDの中の認知症患者さんは、介護する人をパートナーと言っていました。

介護する人も、される人も同等。

果たして、ばあちゃんと私は同等だったのか?

ばあちゃんは、私に対してパートナーと思ってくれていたのだろうか?

1年前まで一緒に暮らしていた家族に対してもパートナーと思ってくれていたのだろうか?

【2025年7月17日】

ばあちゃんの施設申し込み(必要な書類)

朝から大雨で、中々重い腰が上がらなかったけど、

今日の予定は、

・市役所でもらってきた」認定調査票の写しをコピーしにコンビニへ

・主人の仕事関係の事務所に立ち寄る

・その足で、施設Aの入居申し込みをして

・ばあちゃんを見てくれてる小規模多機能のケアマネさんに会いに行く
(薬と入居申し込み)

が、まさかの介護保険証を忘れて家に取りに帰ってからケアマネさんの所へ

申し込みに必要な書類は

・認定調査票の写し(コピーして、次も使うもの)
・介護保険証(コピーしてくれます)
・介護負担限度額認定証(市役所に一度申請すれば、更新のため、毎年書類が送られてくるので、必ず送り返しておくこと)
・介護支援専門員等意見書(ケアマネさんに書いてもらう)
・施設見学の時に頂いていた、入所申込書

窓の外は大雨で、いつもの会議室には洗濯物が、2階の大会議室に通されました。

そこは、去年、お祭りをした場所で、子どもたちが演奏会をしたり、カラオケをしていました。

ばあちゃんは、歌わなかったけど、首にはレイを掛けてもらい、暫くは楽しそうにしていました。

【2025年7月16日】

費用以上に大切なこと

ばあちゃんの施設選びの事で、主人と話をした。

「今の小規模多機能のショートステイの費用は、月18万。要介護3になったので月20万。結構な費用です。

出来たら、早く特別養護老人ホームで落ち着けたら、とは思いますが、

それより、入れたホームから追い出される事は絶対あってはない。

とりあえず、ばあちゃんの貯金で、乗り切れる期間は3年程度。

焦らず、ばあちゃんの様子を見ながら、出来たら今の小規模多機能で特別養護老人ホームへの移行が出来たら良いなー。もしくは、同じ系列の別のユニット型特養に入れたら…良いのになー」

【2025年7月15日】

忙しい日常の忘れ物をLINEを使って解決できるかも

・銀行に配当金200円を受け取り行く
・年金の減免申請を市役所に持っていく
・ばあちゃんの施設申し込みに必要な認定調査票の写しを貰いに市役所に行く(本局)
・ばあちゃんの薬を貰いにクリニックに行く

駅に近い用事をまとめて、この日に行くことにして、必要な書類や診察券をまとめてトートバックに入れてたのに、

病院に行くのに、マスクを忘れた。

「なんで、いつも何か忘れてる」嫌になっちゃう。

そうだ、LINEを使ったスケジュール管理が出来たら、同じように忙しい人の役に立つ記事を書けるかも

【2025年7月9日】

ばあちゃん、今の施設から特別養護老人ホームへ|主人の気持ちもわかるけど

ばあちゃんが小規模多機能施設で、ロングお泊まりに行ってから、主人はずっと落ち込んでいます。

「もっと自分にできることがあったんじゃないか」
「母親なのに、任せてしまっていいのか」
そんなふうに感じているんだと思います。

昨日、介護申請が通って、介護保険被保険者証が届きました。

要介護2⇨要介護3

なので、それを持って施設のケアマネさんに持って行きました。

正直、ここだけの話ですが、
ばあちゃんが今いる小規模多機能型施設を選んだのは、
デイサービスからグループホーム、特養まで——
ここなら最後まで移動しなくて済むかもしれない、そう思ったからです。

介護の流れも、
在宅→お泊まり→グループホーム→特養
と、少しずつ段階を踏んで、
ばあちゃんの資産を守りながら…と思っていました。

だけど、ケアマネさんから言われたのは、
「他の施設の見学を自分で電話して探してください。」

え?
なんで?

思わず心の中で、つぶやいてしまいました。
費用のこと?
それとも、ばあちゃんの状態のこと?
きっと理由はあるんだろうけど——
もう少し、丁寧に説明してほしかったです。

その場で、主人は黙っていました。
だから、私も——
これ以上、出しゃばらない方がいいような気がして、
黙るしかありませんでした。

ほんの少しだけ、心にモヤモヤが残っています。
だけど、今は静かに、流れに任せるしかないのかもしれません。

※これは私自身の感じたことや心の記録です。すべての施設やケアマネさんに当てはまるわけではありません。

【2025年6月初め】

ばあちゃん、ショートステイにお泊まり、そのままロングへ|もう一緒に住めない

6月のはじめ。
ばあちゃんの排泄のことが気になりだした。
正直、それが一番の心配やった。

——というのも、前に従姉妹から聞いてたから。
「認知症のお母さんが、汚れた手で部屋中を触るから、気づいたらすごい匂いになってて、本当に大変だった」
そう話してたのが、ずっと頭に残ってた。

「今は良くても、いずれそうなったら、どうする?」
その言葉がずっと消えへんかった。

ばあちゃんが来てから、持ってきてたパンツは、汚れるたびに捨てられて、一年で5枚買い直した。

汚れたおむつを置いたのは私のせいだと言われた時、心の中で何かが弾けた

ばあちゃんに、「お腹が緩い時、紙パンツ、尿とりパット使って欲しい」「ここに来てからも何度かパンツ汚してるよ」

何度も、ばあちゃんに頭を下げたけど、「そんなん、いらん。お前はおかしい事言ってる」

何度も便秘になるので、薬も出してるし、それでも出ないから浣腸もしてもらって、汚すからと尿取りパットを入れていた。

だけど、そのパットも知らない間に外されて、訪ねても

「何、おかしい事を言ってるんや。ばあちゃんの事を馬鹿にしてるんか!」

しまいには、汚れたおむつは、「私と母がばあちゃんの部屋に置いて嫌がらせをして」とまで言われた。

もう、一緒に暮らすのは無理だと思いました。

【2024年7月19日】

診断結果はアルツハイマー型認知症。それも重度の

今日は、ばあちゃんのMRI予約の日。

ここ数日で、私は、ばあちゃんに嘘をついて連れていくことは難しいなーって感じていました。

そこで、「ばあちゃん、前に脳神経外科を受信していて、今日は検査の日なんだよ」

と本当の事言って連れて行こうとしましたが、

ばあちゃんは「行かへん。どっこも悪くない」の一点張り。

実は、今日でパートを辞める日でした。

「じゃあ、仕事行ってくる」

ばあちゃんが病院に行かないなら、仕事に行こうと思い、車の所に行こうとして立ち止まった。

家に引き返して、もう一度、ばあちゃんに尋ねる。

「本当に、病院に行かんのやね」

すると「お前らが、行け。言うから行ったるわ。どうせ、どっこも悪くないけどな」

主人がまた、「そこまで、言われるんだったら行かんでいい」

なんで・・・・・・

「ハイハイ、じゃあ、荷物持って移動しましょう。」

擦ったもんだしましたが、MRIの検査を受けたばあちゃんの診断は『アルツハイマー重度の認知症』です。「遅らせる薬はありますが、ここまで進んでいたら、どうする事もできません。」

横で、静かにお医者さんの話を聞いていたばあちゃんは、しばらく、口数が減って、落ち込んでるようでしたが、

車が、「さわだ屋」について、お昼の定食を食べ終わる頃には、病院に行った事も忘れているみたいでした。

お薬の処方箋を頂きましたが、その後もばあちゃんの興奮は収まらない。

後で受診した別のお医者さんに「これは、アルツハイマーを遅らせる薬です」「今のばあちゃんは、反対の興奮を抑える薬でないと逆に元気になってしまいます」

「なんで!」そう思いましたが、高齢者の認知症には、病院の先生も対処のしようもない。

結果、あまり真剣には見てもらえないんだ。って事を、父の時も今回も

【2024年7月3日】

ばあちゃんを病院へ、〇〇脳神経外科

あれだけ、嫌がっていた病院にばあちゃんが行ってくれた。

千葉では、どうしても連れていくことが出来なかった病院

ばあちゃんが、「お前らが、どうしても行ってほしい。って言うなら行ってやってもええで」

心の中で「よっしゃ」

それなのに主人は「そこまで言うなら、行かんでもええ」

(汗)『なんで、そんな事を言うん』心の声

なんとか、受信させることが出来ればと受付で聞いてみる。

「一緒に住んでいる、ばあちゃんの様子が明らかにおかしいんです。

なんとか、ここまで連れてこれて、予約とか無いんですが、見てもらえませんか?」

受付の方が、ばあちゃんの方をチラッと見て、「少し待ってもらったら大丈夫ですよ」

この、診察が始まるまでが長い。

ソワソワして、立ち上がるばあちゃん。

「もう、帰ろ。ばあちゃん、どっこも悪ない。なんで、こんな所来てるんや?」

私が側にいたら、ややこしい。そう感じて、裏から、表のベンチに出ていく。

スマホをいじりながら時間だけが過ぎていく。

思ってたより早く名前を呼んでもらった。

お医者さんが「血液検査しましょうね。それと、MRIの予約取って帰ってください」淡々と

ばあちゃんは、「なんや」と言ってたけど、今日は、これで帰りました。

外に出ると、まだ雨は降っていて

『予約は取れたけど、連れていく事ができるんだろうか』心の中で呟いていました。

【2024年6月29日】

ばあちゃん、日傘を取りに出ていく💦

昨日も、ばあちゃんが騒ぎ出して主人が大声で怒鳴ってするから、

「散歩でも行こうか?」とばあちゃんに声をかけた。

財布も持って出なかったけど、ばあちゃんの手には、いつもの日傘。

しばらく、公園のベンチに座りおしゃべり

「あの子は、なんであんなに怒鳴るんや?」不思議そうに、でも悲しげな横顔。

でも、ちょっとしたら立ち上がってソワソワしてたから、知り合いのカラオケ喫茶『夢』のママにばあちゃんを預けて財布を取りに家に帰る。

主人も、その頃には落ち着いていて、

「なんで、夢に言ったんや」って言いながら、ついてきた。

そして、3人でカラオケ!

主人とばあちゃんが「大阪しぐれ」を仲良く歌っていました。

朝になって、日傘を忘れていたことを思い出したけど、

「後でいいや」て思ってほってたら、夕方になってばあちゃんが、

「日傘、ないんやけど、どこにいったんかな」

私もつい。「きのう言ったカラオケ喫茶で置いてきてしまった」「後で、取りに行くから」

そう言ってるのに「ばあちゃんが取りに行ってくる」

思わず「じゃあ、言ってくれば」

出て行ったきり帰ってこない。

主人と私。そしてお母さんで探しに行くと、

なんと、カラオケ喫茶の前あたりで発見しました。

へー、ばあちゃんって結構、道覚えてたりするんだー

【2024年6月26日】

ばあちゃんの転居届、無事に受理

ばあちゃんが自分で転居届け出しに行くことは、難しい。

明石に来てから、異常な言動、行動を繰り返し、昨日も、一階の家のインターホンを全て押して行った。

ある意味、ばあちゃん行動力あるなー。

なんて感心している場合じゃない。

この転居届け受理してもらわないと、明石での介護サービスを受け図楽なる。

ばあちゃんは在日で認知症で、年金も少ない。

一度ミスると、また1からになる。

その事がわかってくれている市の職員さんが、書類に不備が無いか、凄く丁寧に手続きを進めてくれた。

(主人は事の重大さに気づいてなかった)

「今日は、さとるにばあちゃん見てて貰ってた」

帰ってきたら、マンションのエントランスで叫んでる、さとるとばあちゃん….。

ため息「ふー….。」

【2024年6月25日】

実母()手術

病院に着いたのは11時、中々手術は始まらない。

弟が「こんなもん。こんなもんさ。いつも、ほったらかしの刑」

手術は始まったみたいだけど、モニターを見るのは勘弁してくれ。

弟「お父さんは、前の時、モニターずっと見てた。俺は勘弁してくれって思ったけどな」

そして、夕方6時やっと終了。先生の説明

先生「大体、取れる部分は取れました」「あとは、様子見ながら、この手の腫瘍は、大きくなることがあるんですがひとまず成功です」

お母さんも80過ぎて、今回、カテーテルの検査とかしんどかったやろ。

まー、出来るだけのことは、してあげたいなー

【2024年6月21日】

実母()の入院(病名は脳腫瘍)

昨日、お母さんを〇〇脳神経外科に付き添って入院手続きを弟と一緒に行ってきました。

主人は、ばあちゃんが居るので従姉妹の林檎ちゃんにお願いして

2年前にお父さんが亡くなって、少し立った頃、お母さんが自宅で滑って頭打って

その時は、救急車なんて大袈裟かな。とも思ったけど、その時運ばれた病院で今回の脳腫瘍が見つかる

半年に一度、みてもらってたら、この間の検査で、ちょっと大きくなってきてたから、この度の入院で手術することになった。

あの時、救急車呼ばないで、様子見ていたら・・・。

ばあちゃんが来て、お母さんも頭に爆弾抱えてて、弟は、お酒辞めれたのかしら?

ほんと、これからどうなっていくのだろう。

【2024年6月20日】

義姉からの第一声「なんで、あんたがひろみの電話に出るんや」

今日、義姉から電話があった。

第一声が「なんで、あんたがひろみの電話に出るんや!」でした。

地域包括センターからは、「ご家族でばあちゃんをどう見るか。話し合って下さい」と言われていたから、

何度も電話かけても繋がらない義姉にどうしたものかと思っていたら、

第一声が、これでした。「困ってない、大丈夫」そういう言葉は一言も出ませんでした。

ゆりえ
ゆりえ

私が、電話出ないって、あんたが言ったんか。

ばあちゃんが、通っていた千葉のデイサービスに私が電話してたので、責められてると勘違いしてたのでしょう。

でも、ちょっと、それはないって感じでしょ。

ばあちゃんが来て、毎日、夕方になったら「帰る、帰る」

財布、自分で隠しては「財布どこに隠したんや」

主人は怒鳴りまくってるし、ばあちゃんは泣きながら「お前ら、ばあちゃん殴るなら殴れ!」

それでも、自分がキレたら終わりだと、冷静に動いていたんだけどね。

ほんと、私って人が良いと思うよ(苦笑い)

【2024年6月19日】

トメ子、仕事に行く

今日は、主人が仕事休みだったので、私は仕事にいく事にしました。

トメ子
トメ子

とりあえず、職場に行って今の状況を説明しないとダメかな

今後、どうなるかは分からないけど「とりあえず、3週間預かって欲しい」と言われた言葉を、信じるしかなかった。

帰ったら、大声で叫ぶ主人とばあちゃんがいました。

本当に、本当に、これからどうなってしまうんだろう。

【2024年6月18日】

地域包括に電話

結局、昨日は地域包括センターに電話をして、今の状況を説明しました。

近所の民生委員の人にも連絡して、「早急にどうにかしましょう。」と言ってもらえた。

どうして、直ぐに動けたのか、自分でもわからなかったけど、

なぜか、「早く動かないと大変なことになる」と言うことだけは感情でわかっていました。

主人も民生委員の人に話を聞いてもらい「よくわかる介護保険」の冊子と連絡先を聞いてきてくれました。

明日から仕事なのにどうしよう(汗)

【2024年6月17日】

落ち着かない、ばあちゃん「ゆりえ、どこ行った」

昨日、ばあちゃん連れて家に帰ってきた。

夜は、そのまま寝てくれたけど、朝、起きたら

ばーちゃん
ばーちゃん

ゆりえはどこ行ったんや?

「ばあちゃん置いて、あの女はどこ行った!」

トメ子
トメ子

ばあちゃん、ここは明石。

「ゆりえは千葉に居て、ばあちゃんだけがここに来てるの・・さとると主人と私で、新幹線に乗って、千葉までは6時間は掛かるんよ」

ばあちゃんに、1から、何故ここに居るのかを説明していくと、落ち着いてきて。

でも、お昼回って、暗くなってくるとそわそわしてきて、

「ばあちゃん、帰らなあかん。あの女はどうしたんや!なんで、ばあちゃん置いて行ったんや」

こうなったら、何を言っても聞きません。

結局、ボストンバックを抱えた主人が駅まで歩いて行って、でも、結局途中まで行って戻ってきました。

ほんと、これからどうなってしまうんだろう。

【2024年6月16日】

ばあちゃんの記憶失うーー思った以上

朝、ばあちゃんが「明石に一緒にくる」と言いました。

この何日間、行く。行かない。を言い続けていましたが、

ゆりえ姉さんに「引っ越す3週間だけ、ひろみの家に遊びに行っておいで」と言われて来る気になったみたい。

新幹線に乗る時には、駅まで送ってくれたゆり子の事を忘れて

ばーちゃん
ばーちゃん

ばあちゃん、何も言わずに出てきた。ゆり子、心配していないかな?

そして、明石の駅に着く頃には、

「ばあちゃん、今日、帰れるんか?」

これから、どうなっていくんだろう(ーー

【2024年6月15日】

ばあちゃん…かなりボケちゃってるなー

昨日もホテルに泊まったけど、今日も義姉(ゆりえ)の家に泊まるのは……正直、もうイヤだった。

ふと思い出したのが、日付を間違えて最初に取ってしまった、あのホテル。
「今日はそこに泊まるわ」って言ったら、主人も「俺もそうする」とか言い出した。

なに言ってんの、この男は!

「自分の兄弟やん。親やん。ばあちゃん、どうするのかって話、まだ全然終わってないのに……」

……そう思ったけど、口には出さなかった。

ばあちゃんの認知症は、もうかなり進んでる。
初日に同じ部屋で寝かされた時も、部屋は蒸し風呂状態。

私と主人が「暑いから窓を開けて」って何度言っても、
「寒いやろ、寒いやろ」って、ばあちゃんはすぐ閉めてしまう。

でも、言い方が不思議だった。

「寒いから閉めたい」って言えばいいのに、そうは言わない。

なんだか、自分の気持ちじゃなくて、誰か“寒いかもしれない人”のことを代弁してるようで……。

ああ、ばあちゃん……やっぱり、かなりボケちゃってるなあ、って思った。

【2024年6月14日】

最悪で、最高だったディズニー

68歳の主人と行ったディズニーランド。
この日の思い出を一言で言うなら、「最悪で楽しかった」

平日を選んだのは、少しでも空いてると思ったから。
でも実際は、6月でいちばん混んだ金曜日だった。

もともと人混みが大の苦手な主人。
昼過ぎくらいまではなんとか我慢していたけど、午後3時を過ぎた頃、ついに爆発した。

「だから、わしは人混み嫌いやって言ったやろ!」

ふだんは11歳年上で、滅多に怒らない穏やかな人。
その主人が、いきなりキレた。

でもね、そもそも…
ばあちゃん(義母)の所に一人で行きたくなかったのは、あなたでしょ?
私に「ディズニーに連れてってやるから一緒に来て」と言ったのも、あなたでしょ?

その瞬間、私は思ったの。
「ああ、この人、今ちょっと壊れそうなんだ」って。
今までとは違う、別の主人の顔を見た気がした。

【2024年6月13日】

限界だった私——始まりの前日

前の日は、仕事が溜まっていて、寝たのは明け方の3時。

その数時間後には、新幹線で3時間の移動。
ばあちゃん(義母)の住む、義姉の家に着いた頃には、私はもうヘロヘロでした。

到着してすぐ、リビングの床に倒れ込むようにして、そのまま寝てしまっていた私。
横で、義姉が主人に何か話していたけれど、もう、何も聞こえない。聞く余裕もない。

「ここから介護が始まる」なんて、このときの私は思ってもいませんでした。
ただ、眠くて、体が重くて、心がちょっとざわざわしていて。

これが、私の**“W介護生活”**の、静かな前夜でした。

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