今日もまた、ばあちゃんと主人の大声が響いています。

「帰るって、どこに帰るんや」

「どこでもええ。ここにおったらトメ子に迷惑なるやろ」
……いやいや、そんなこと言わんといて、

「ばあちゃん、どこにも行くとこないんやで」
そしたら、ばあちゃんがバチンと反応して、

あんたは関係ない!そうやってすぐ親子の会話に入ってきて。怖い女やな!
……はい、出ました。怖い女。
自分のことで言い合いしてたのに、私がひと言口を出しただけで、なぜか“敵”になる瞬間。
義母は、重度のアルツハイマー型認知症です。
日常的に、自分がどこにいるのか、何を言ってるのか、わからなくなる事もけっこうあります。
介護って、正解も終わりもない時間の連続です。
私がどうやって、ばあちゃんの愚痴と付き合いながら、自分の心を守ってきたのか――
その記録を、少しのぞいていってもらえたらと思います。

そこの、高齢の親を抱えているあなたにとっては、「もしも」の心の備えとして。
そして、もしかしたら将来、自分が“ばあちゃんの立場”になるかもしれないあなたにも。
このブログが、何か一つでもヒントになれば、嬉しいです。
最後の章では、【愚痴を言いそうになった時に、口に出す前にできる“深呼吸”や、他のいくつかの方法】もご紹介しています。
よければ、最後まで読んでいってくださいね。
認知症の義母の愚痴を聞かされる毎日
ばあちゃんが「私なんか、もうおっても邪魔なだけやろ?」
「私が居たら、トメ子がしんどいやんか」繰り返される度に、心がすり減っていく。
だけど私は、それでも返事をする。
今、目の前にいるばあちゃんの“不安”が、少しでもやわらぐなら――
「またその話?」が口癖になるほどのループ

私なんか、もうおっても邪魔なだけやろ?
「トメちゃんが、心配してくれてるのはわかるけど、ばあちゃん大丈夫や!」

何が大丈夫やねん!
「ばあちゃんなんか死んだらええねん」「もう、ええからほっといてくれるか」
こんな言葉を、何度も、何度も聞かされる日々。
「薬、飲んだんか?」「今日は、デイ行く日か、いかん日か?」
一度だけならまだしも、認知症のばあちゃんは、同じ話を朝から何十回も繰り返します。
ついに私も、限界が来てしまって――

その話、朝から何十回聞かされてるんやけど
つい口に出してしまった。すると、

……ごめんよ。もう喋らへんから、許してくれるか?
「ちょっと言い過ぎたかな」なんて思ってたら、次の瞬間には、「ばあちゃん、今日はデイに行く日か?」(笑)
はっきり言って、ばあちゃんに何か期待しても無理なんです
今のばあちゃんが変わることは、99%ない
認知症になる前からばあちゃんは、周りの人と自分を比べては、不満や文句を口にするタイプでした。

〇〇さん所の息子さんは、帰るたびに5万円渡してくれるんだって
それ、どこ情報?と突っ込みたくなるような話を、真顔で言ってきます。
そして最後には、必ずこう締めるんです。

私は誰にも迷惑かけたくないから、早う死にたいわ
正直、聞いてるこっちはぐったりです。
今思えば、そのころから「言葉で人を動かそうとするクセ」があったのかもしれません。
そして、そのまま認知症が進行して――
今では、“ばあちゃんが変わる可能性”は、限りなくゼロに近いと私は思っています。
だから私は、ばあちゃんを変えようとは思いません。
その代わり、自分の心が壊れないようにする方法を探すことにしました。
トメ子が、ばあちゃんを相手に心を保つ方法3選
①ばあちゃんは、記憶は忘れても感情は残っています。

さっき、言うたでしょ?
つい、言ってしまいそうになります。
でも、そんなふうに“正しさ”で返すと、ばあちゃんは不安になったり、興奮したりして、
愚痴や思い込みが止まらなくなるんです。
だから私は、ばあちゃんの“都合のいい記憶”に付き合うことにしました。
「ちょっと声が小さかったから、聞こえなかったのかな〜」
「今日はデイに行く日だよ〜、安心して」
そうやって返すだけで、その場が穏やかに流れることもあるんです。
②ひたすら、好きなことに没頭する。

早く、家に帰してくれ。
「財布がなくなった」
「お前が、義姉(ゆりえ)を追い出したんやろ!」
認知症の症状で凶暴化していた時期、私はひたすら、スマホゲームに没頭してました。
編み物もしました。
手を動かしてると、心も少し落ち着くんです。
“今すぐ解決できない言葉”から、意識をそらすこと。
それだけでも、自分の心を守る方法になるんです。

③たまには、友人と食事に行ったり、映画を見たりしました。
介護中だからって、やりたいことを全部我慢する必要はありません。
デイサービスや主人に頼んで、月に2〜3回は外に出るようにしています。
去年は、友人たちとUSJにも行きました♪
「楽しんでええねん」
「私が笑って帰ってくる方が、家の空気がいい」
そう思えるようになってから、少しずつ肩の力が抜けました。
ばあちゃんが落ち着いてきたので、友人達と行ったUSJの様子はこちら👈
「将来、認知症になったとしても、自分が自分らしくいられる為に」
私も、いずれは年相応に、認知機能がゆっくりと低下していくと思います。
父もそうでした。祖母もそうでした。
そして、今、一緒に暮らしている母も。
だから私は、いざその時がきても、必要以上に怖がらずに、受け入れられる自分でいたいと思っています。
年をとることは、悪いことじゃない。
でももし、心が不安定になったとしても――
周りにいる人たちの助言に耳を傾けたり、
「ありがとう」「ごめんね」が言える自分でいられたら。
それだけで、きっと“老いていく自分”とも、うまく付き合っていける気がします。

口癖を治すだけでも、

ねぇ、あなたはいつも、自分がどんな“口癖”を言ってるか、答えられますか?
私は以前、よくこんなことを口にしていました。
「どうせ私なんか」
「私には無理やし」
「結局、トメ子の言うことなんて、誰も聞きたくないんやろ」
そんなふうに、自分を下げる言葉ばかりが出ていた時期がありました。
でも、ばあちゃんを毎日見ているうちに――
このままじゃ、私もいずれ“ばあちゃんみたい”になるかもしれへん……
そんな風に思って、ちょっとドキッとしたんです。
だから、今は意識して“自分を励ます口癖”を使うようにしています。
「まだまだイケるやろ」
「私は大切な存在。誰にも、ましてや自分にも卑下するなんてもってのほか」
「せめて、自分との約束は守ろう」
そんな言葉を口にしながら、今のこのブログにも向き合っています。
私が知ってる、自分を励ます(素敵な言葉)
① 「今日はうまくいかなくても、明日は明日の風が吹く」
認知症介護の中で、思い通りにならない日が続いても、“明日”の自分にちょっと希望を残せる言葉。
② 「私の頑張りは、ちゃんと誰かの役に立ってる」
洗濯ひとつ、笑顔ひとつ。地味でも確かに、家の空気を作っている。それを忘れないでほしい。
③ 「今日は、自分を甘やかしてあげよう。いつも頑張ってるんだから」
真面目でがんばりすぎる人にこそ届けたい一言。
「今日はもう頑張らん」って言える日も大事。
④ 「時にはあきらめることも大事。昨日より少し進んだらそれで良い」
“完璧”を目指すより、“継続できる自分”を褒めたい。
止まりそうになった時に、自分にそっと言ってあげたい言葉です。
⑤ 「シワが増えても、歩くのが遅くなっても、歳を取ってもいいよ」
老いも、私の一部。
認知症になっても、優しい言葉だけは口にできる自分でいたいから、今からその“口癖”を育てておきたいんです。
まとめ:向き合うって、逃げることじゃなく“ほどよく距離をとること”

そう言ってても、良いんだけど……
正直、毎日そんなキレイごとばっかりでは済まんのです。
口癖を整えるのも、優しい言葉を意識するのも、
頭ではわかってる。うん、すごく大事なことやって思ってる。
でも、実際には――
ばあちゃんに同じこと100回言われたら、やっぱりムカッとしますし、「もうええ加減にして!」って、声を荒げた日もありました。
自分を励ます言葉、優しい言葉。
それを選べる日はいい。
でも、選べない日があるのも、“私”なんです。
だからこそ、できる日は素直に「えらい、私」って言ってあげたい。
できなかった日は、ふて寝でもいい。
それくらいの気持ちで、ちょうどいい。
私は、そう思いながら、ばあちゃんの認知症介護に向き合っています。
三段腹トメ子
