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【実録】地獄の痛みを抱えながら父親の介護を支えた3週間

日記
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この記事は、体験談です。

コロナの感染症で入院していた、父が帰ってきたけれど……。

知識のない移乗介助で事故る

今年88歳になる父は、小柄な相撲取り「舞の海」さんよりもちょっと大きい人でした。

ショートステイを挟んで帰ってきた父が「おしっこが出ない」→「飲めない・食べれない」→「動けなくなる」

まで、あっという間でした。

父は「前立腺のガン」や「心臓にペースメーカ」を埋め込んでいたり、他にも不整脈があって、急変していく父を見てくれる病院が、なかなか見つかりません。

ケアマネさんのおすすめの病院が近くにあったので、父を連れていくことに

初めて、介護タクシーを利用したのですが、今思うと運転手の介助経験が少なかったのかもしれません。

介護タクシーの仕組みについては、こちら「介護タクシーの仕組みと家族同乗を叶える『保険外』の賢い使い方」

最初、家族だけで移乗が求められて無理して持ち上げた瞬間、腰に痛みが

トメ子
トメ子

いてて……!

息が止まるかと思いました。

*ぎっくり腰の予防について知りたい方は、こちらの大正製薬ナビ【ぎっくり腰(急性腰痛症)】

その後、飲めない食べれない状態が続き3日後に救急車を呼ぶ事になったんですが、この3日間は、腰の痛みに耐えながら

かかりつけ医のお医者さんに、入院して検査ができる病院へ紹介状を書いてもらいに行ったり
救急隊員には、コロナに入院したところから今の状態になるまでの経緯を弟の記憶を辿りながら伝えました。

父は入院してから2週間で亡くなりましたが、その間も実家の片付けやら病院の手続きやら

葬式が終わった時、限界が来て私が動けなくなりました。

この介護の経験が、今の母の介護に生きていますが、その話はまたいつか

最後まで読んでいただきありがとうございました。

作者について

ニックネーム:三段腹トメ子

トメ子
トメ子

トメ子は、親戚のおばちゃんの名前から取りました。


義姉と暮らしていた認知症の義母と暮らした、1年間をブログにまとめました。【介護記録:突然始まった認知症介護】

義母の介護の経験をきっかけに、認知症についてオレンジサポーター養成講座を受講しました。

今は、脳腫瘍の母の在宅介護をしながら、ブログの執筆『介護ブログ』を続けています。

介護は一人で抱えるものではなく、チーム戦だと考えています。

地域包括の人・ケアマネさん・福祉用具の職員さん・地域の見守り隊の方

そして、家族全員で支えていくものだと

そのために、介護保険外サービスの活用も柔軟に取り入れてきました。