この記事は、要支援2の母(当時83歳)の記録です。
当時の母は、シルバーカーを押して、近くのドラックストアーに一人で買い物に行くことが出来ていました。
それが、脳腫瘍の影響なのか、右側半分がうまく使えずひきづるようになり
あっという間に車椅子生活に
要介護申請は出していましたが、認定が降りるまでの1ヶ月をつづりました。
気になる方は、本編もどーぞ
2026年のこと
【1月15日】突然の膝の痛み、近所の整形外科へ
母が膝の痛みを訴えるようになり、近所の整形外科を受診しました。
わずか400mの距離ですが、無理をせずタクシーを利用。
この時は、母も自分の足でしっかりとタクシーに乗り込むことができていました。
病院内では車椅子を借りて移動し、首のレントゲンや血液検査など、一通りの検査を行いました。
結果は、「異常なし」
医師ははっきりとは口にしませんでしたが、検査で異常が出ないということは、つまり「加齢(老化)」による衰えだということ。
お医者さんからは

今後のことなんですが、どのような医療を希望されていますか?
と、聞かれました。
いよいよ、その時が来たのかと一瞬ひるみましたが

無理のない範囲で、痛みのない医療をお願いします
この後、迎えに来てくれた夫と共に、車椅子からタクシーへ母を移し、自宅へと戻りました。
*今の医療制度では、単なる『老化による衰え』だけでは入院させてもらえません。(出典:厚生労働省「介護報酬の仕組みについて」)
【1月16日】娘との同居を決意する
母とは別々に暮らしていましたが、同じマンションなので毎日一緒にご飯を食べていました。
いつもは、ご飯が終わると「自分の見るテレビがあるから」
そう言って、自分の家に戻っていました。
ですが……
その日は、
「今日から、ここで寝泊まりする」
と言って、北の部屋に(寒かったと思うんですが)テレビを置いて暮らすようになりました。
私もその方が安心でした。
翌日、デイサービスの日
今まで週1で利用していたデイサービスでしたが、自宅での入浴が困難なのは明らかで
*「要支援2」で利用できるデイサービスの回数は週2回・「要支援1」だと週1回です
ケアマネさんの提案で、この日から週2回のデイサービスで入浴介助をお願いすることにしました。

知ってて欲しいポイント1
ですが、そもそも「要支援」は、状態を悪化させないための介護予防が目的。
本来、デイサービスでの入浴も「本人が自分で入るための練習」という位置づけなんです。
そのため、要介護の人ならつくはずの「入浴介助加算(事業所に入る追加の手当)」が、要支援の母にはつきません。 「入浴させてもらえても、事業所にはプラスの報酬が入らない」
そんな制度の裏側を知っていたからこそ

今の母の介助量に見合っていない申し訳なさと、限界を感じました
私は、母の要介護認定の再審査(区分変更)を出す必要があると強く確信しました。
【1月19日】母の終末期を迎えて整えられていく医療(通院→訪問医療)
この日は眼科受診のため、夫が運転する車で移動しました。
マンションの玄関前に停めた車まで、シルバーカーを頼りに歩く母。
わが家の車は、軽のワゴン車です。
去年買い替えた際、将来の介護を見据えて「電動ステップ」が出るタイプを選びました。
数日前までは、そのステップに足をかけ、何なく乗り込めていた母。
だけど、目の前にあるステップに、足が上がらない。
結局、夫と私の二人掛かりで、母の体を車内へ押し上げるようにして、ようやく乗り込むことができました。
そして、母の病院は眼科だけじゃない。
駅2つ向こうにあるB病院で「三叉神経痛」の薬を処方してもらっていました。
この日は、午前中にこちらの受診の予約も入っていました。
診察室で、私は先生に切り出しました。

今後、動けなくなることを見越して、近所の総合内科で薬をまとめてもらおうと思います。
いつもの優しい笑顔で

そのほうが、お母様のためにも良いと思いますよ
と言ってくれて、紹介状を書いてくれました。
長年お世話になった病院に、これまでの感謝を伝えて去る。
それは、母の「終末期」を見据え、医療機関を整理していくという、家族としての重い決断でもありました。
【1月20日】みんなで、集まった最後の新年会
マンションの自治会主催「健康体操」のメンバーで、今日は運動ではなく新年会があります。
母に

お母さん、みんな集まってるから下降りて行こう
声をかけ、一緒に集会場に向かいます。
ですが、集会場には30センチの段差が(こんな時、時代に沿っていないと感じます)
これまで、支えてあげると普通に登ることが出来ていましたが……

お母さん、大丈夫
抱えるようにして、中へ
出された弁当を半分ほど残して、帰宅することにしました。

もう、シルバーカーでは限界かな
その数日後、訪問に来たケアマネさんと 福祉用具の きしさんの前で
よろけて後ろにひっくり返った母
主人が気を利かせて座らせて「頭、大丈夫か?」
ケアマネさんから
「介護申請出しましょう」
「それと、ベッドは介護ベッドに」
その後、きしさんの持ってきた車椅子の試乗をさせてもらって、軽くて小さめの車椅子を選択しました。

翌日から、部屋の中でも車椅子で生活するようになり
夜はオムツで、昼間は紙パンツに変わりました。
一気に介護の負担が増えて、でも介護認定が降りるまでに1ヶ月はかかる。
この間、利用したイチロウ介護の詳細はこちら【イチロウ介護の評判は?仲良し親子の体験談】
これからも親子で普通に暮らしていくために利用した制度や便利グッズ・助けてくれる会社や人たちを紹介していきます。
最後まで、読んで頂きありがとうございました。

